おしらせ

cropped-cropped-oshirase1.jpg

2018年2月

あけたはよいものの冷凍庫のそれだったかしらというような新年の扉は開いたまんまで、つくばいの水は厚く凍りつき冬いちごの実はしゃりしゃりと甘酸っぱく椿の花弁が茶色く霜にとけて茶庭の苔が天空の島みたいに霜柱で浮き上がる睦月1月のおわり、おもたくてぶあつくて冷たい地下室の石の扉みたいな冬のおわりは、それでも春の予感はあるようで葉をおとしつくしたあとのにきびみたいにこまごました雪柳の新芽やら魔女の爪みたいな紫陽花の新芽とかが音をたてない影絵のように足元から近づいてくる気配だけをしらせる春のはじまりのはじまりは猫の恋。

たとえば植物の一生が次代に自身の分身をのこしてゆくことだとしたら花を咲かせたのちの結実というのが生の最終目標のすがたであって、しかし栗やら銀杏みたいに胃袋におさまる以外の植物が結実して地面に種をおとす間際の風姿というのをひとはあまり気にもとめない。
なんて考えてみるのも正月明けの痛風の病床六尺。

遅ればせながら本年もよろしくお願いいたします。

お知らせふたつ。

●『花の会・2月』
2月24(土)・25(日)。あたたかく あたたかくして来場下さい。
●『ナカバンのアブラ絵カタブラ絵展』
3月1日~末日迄。

 

 

2018年1月

時間のながれなんかは片側通行でこの雑文を親指でうっている現在は歳末の営業最終日の大掃除あとのひまつぶしで、いまこの時点では焼酎で焼きとりでもつまみながら今夜はぼんやり時間をつぶしたいなとかかんがえてうつらうつらしているのだけれども数日したらきっと年はあけてあらたまっていて、さてそのときに今とおなじように焼酎で焼きとりでもつまみながらぼんやりとはかんがえていないだろうという確信にちかい馴れた気分があり、それならばこの数日後にあきらかにあらわれるであるはずの気分のかわりめと云うか焼酎と清酒の分水嶺なんかはやっぱり人びとだけのものであって山の池のカモであるとか竹林の奥にひそんでいるイノシシなんかは今朝も今夜も来週の朝晩もかわりなく今朝と今夜とおなじようなものをきっとたべていて、そういう一方向な暮らしぶりを気の毒なようなうらやましいようなとかんがえつつも鴨鍋や牡丹鍋をつつきながらコシカタユクスエにおもいをはせて晦日には焼酎にするか元旦には清酒ですごすかなんてのをかんがえて時間をつぶすとかは悩ましいような申し訳ないようなありがたいようなこころもちになって、人びとのひとりである身
のありがたさついでに暮れ方の早々にのみはじめる頂戴ものの缶ビールはやっぱりおいしい。

以下 来春のお知らせふたつ。
●『花の会・1月』
27(土)・28(日)。
なりふり構わず暖かくしてお出かけ下さい。
●『ナカバンのアブラ絵カタブラ絵展』
3月1日~末日迄。

今回は油絵を中心にした展示会です。会期中、市内にて関連企画の予定もあります。詳細はまた。

あけましておめでとうございます。
本年もたくさんのみなさまにお会いできますように。

坂村不在庵拝

 


Archives

2017    2016    2015