おしらせ

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2020年9月

がやがやなんだかざわざわなんだかわちゃわちゃとうるさいような鮫肌立ったみたいながさついた町なかなんかには欠いてもいいようなちょっとした義理くらいにたいした用件もたいせつな案件もあるものでもないのだからこのさいは一切のかちゃかちゃしたうえにぐつぐつしたようなあれこれには御免をこうむることにきめてといったところでまあまあいつものとおりにそれでもいつもよりかはすこしはやくに床をはなれていつもの山にはいる。 ついこのあいだまではお月さまのぐるりのあれこれの国の旗をつけた人工衛星だとかみたいにしゃわしゃわと顔のあたりにつきまとって目をあけられないくらいにうるさかった羽虫のあれこれもどこにゆくでもないだろうにと思いながらもどこかにいなくなりしているのはやはり不思議なような不安めいた気持ちがするものでためしに立ちどまってみるものの、肌にかんじるのは木立をわたって顔をなですぎる南蛮わたりの玻璃みたいな涼しげな風ばかり。夏の朝毎にこねあげられてお昼にはきまって配達されるおおきいばかりのしろいしろいかたまりが午後のおりおりにはゴロゴロ鳴りながらくずれて雨にかわると山も街もあたらしいノートをひらいたときのような不安なようなきれいな夕焼け空と子どものときに夕の食卓にむかったときのようなすこしむしたような懐かしげなにおいのある空気とにつつまれるのでそうした感傷はやはりいつもの夏のおわりばかりをおもわずにはいられないのはやはりいつもの夏は終わりはじめているようで、山も街も、風たちぬいまは秋。 以下 お知らせ。

●『山口和宏木工展』 9月3日(木)~26日(土)。
たしか三回目になる山口さんの展示会。5日(土)には福岡はうきは市の山から下りて在廊予定です。 遠路はるばるの来店が困難な皆さまにおかれましては、電話やメールにて対応いたしますのでお気軽にどうぞ。
website:jingoro.jp
instagram:Kazuhiro_yamaguchi

●『熊本日日新聞連載』 次回は9月28(月)掲載予定です。

我はわれ 彼はかれなり 秋の暮れ。
今年もあとすこし。毎月いろいろイベント予定あれども詳細は決まり次第に
『Instagram』などで更新いたします。      

不在庵拝。

2020年8月

ずいぶんと長居してらしたのでそろそろお茶でも替えようかしらとおもっていた低気圧がようようどちらかに帰られたのか消えていなくなったらば嘘のように足の腫れがおさまって白いばかりの日射しに傘のいらない蝉の時雨と夏花灼灼のいつものこの季節のはじまりは刈ってものびる雑草や切ってものびる髪の毛ばかりが眼につくたびにひたすらに鬱陶しいばかりでいっそのこと砂漠地帯の托鉢坊主にでもなってみたならよかろうかと昼寝の夢の醒めぎわにうつらうつらとかんがえてはみるもののなにをいまさらに殺生するのがこちらの稼業といういつのまにやらの因果はかえることもかえるつもりもいまさらにさらさらないのだからどうやらこれがやはり因果とあきらめてはみるものの刈ったり切ったりはやっぱりめんどくさいからうろうろと先のばしにしているうちにめんどくさいはいつのまにかたいへんへと成長をとげているものだからたいへんめんどくさい。

以下、お知らせ。

●『熊本日日新聞連載・8月』 今月は24日(月)掲載予定。

●『山口和宏 木工展』 9月3日(木)~26(土)
福岡県浮羽の木工作家、山口和宏さんの作品展もあれよと三回目。
※作家在廊日などの詳細は決まりしだい更新します。

website:jingoro.jp
instagram:Kazuhiro_yamaguchi

坂村不在庵通信8月号。

2020年7月

ざあざあごうごうびしゃびしゃびしょびしょで涸れていた沢にはしぶきが戻り町中の辻はふいに出現した川に人たちが往生して鳥は鳴かず庭の蜂は働きにゆけずに気が立っていて青々とおもたげに濡れた神社の茅の輪は善男善女を呑み込もうと待ちかまえるなにかの大きな口のようにも眺められてしまうので傘をさしかけての厄払いもおかしなものと今日のところを明日にのばすと今年も半分がおわっていることにあらためて気づかされる文月朔日は毎年恒例雨中の山開き。 雨の止み間をはからって痛みがひきはじめた足つまりは治ってはいないが良くもないということはつまるところやっぱりすくなかれ痛いままのビーサン履きにズボンの裾をからげて富士詣りにははるか東にこころだけを参らせて歩く近所のいつもの山道はうっそりと黒く重たげにしげるにまかせて息苦しいくらいの分けいっても分け入ってものご存じの山景色。 以下 お知らせ。

●『熊本日日新聞連載』
今月は27(月)掲載予定。

『Instagram配信』
いつもの「花の会」がいつ再開できるのか見通しがつきませんのは仕方もないので、毎月の「当季の花」とは趣向を変えて少しずつ撮り下ろしまあす。
写真は「花の会」の撮影をお願いしている 末永侑さん。
という訳でオトコもすなるSNSを不在センセーも

井戸に暮らす蛙を救い出すために集まった六人の武家の少年少女。釣瓶に隠された謎を追う盲目の隠密集団 朝顔団! 村はずれの井戸の謎を巡って繰り広げられる攻防は誰のため!? 今朝も貰い水で困惑する農婦の一人称視点で描き出される著者初のサスペンス! は、ちょっと…。 そんなこんなで、皆さまに於かれましても時節柄ご自愛下さい。

坂村不在庵拝

2020年6月

街路の枇杷も隣家の梅も山の苺も今年はどうやら実りがよいように眺められてそういうものを好物とする好事家な鳥たちにとっててはさぞやと思われるからか鳴き声までもがランチヴュッヒェのケーキに群がるご婦人方の囀りのうにかしましく感じられるのかもしれなくてそれはそれで一路平安でよいものかもしれないけれどもなにぶんこちとら毎年恒例季節の御挨拶とやらで普段は枯れ枝みたいな足がメロンだかスイカだかみたいに腫れあがって起居もままならないうえにメロンだかスイカだかみたいに高級なうえに食指を誘うようなものではけっしてなくて他人様の失笑しか誘わないものなのだから始末におえない。

こんな足では悔しくて地団駄を踏むこともできなくてだからといって腹も身のうち足も身のうち何が悔しいとか腹立たしいわけでもないのだけれどやっぱりこの好天気続きに山を歩けないのは蕎麦屋に入って酒が甘ったるかったりプールに行ってゴーグルを忘れてきたことに気づいたり通帳の額が減っていたりするような感じに近いように思われるから感情としては寂しさと表現できるのかもしれなくて寂しさはつまりはポエジーであるのだから暇つぶしに古今東 西の詩集を読んで無聊を慰めようとするのだけれど足の激痛はそんな悠々閑々なことを許してはくれなくてやっぱり寂しくもなるのだからまあこれも任意にひらいた詩集の一節だと考えあらためて諦めてみるけれども、痛いものは痛い。

以下、お知らせ。

●『熊本日日新聞連載・6月』 29(月)掲載予定です。

痛風発症時のストレス解消法、自宅で出来る簡単ストレッチは、近くの書店にて。

坂村不在庵拝。

2020年5月

朝起きて、いつかのいつもよりかはなんだか日の出がすこし早いのかなと思いながらそれがいつ頃までのいつのことだったのか考えるでもなく寝入るわけでもなく今までみたいにうつらうつらしているうちになんだか瞼が明るくてまぶしくて仕様なくなるのでしかたなく布団から這いだして枕元の時計を眺めると、なんだ、ふた月前にはこの時間は深夜ではあったではないかと誰に対するでもなく腹をたててはみるものの、それでもやっぱり今朝は朝日がまぶしいのだからそこは少し大人になった気分で暗かった頃とおんなじ時分には腹が減って目は覚めるのだから誰にも文句は言わず目をさませて布団をあげて庭の小鳥たちにご挨拶申し上げる前に顔でも洗って出直す晩春の朝の晩春らしいまだらに寒い朝の空気。塩のすこし多いめの湯にくぐらせた野菜みたいな鮮やかな新緑はけれども食べるにはなにやら歯ごたえもなさそうでもあり苦そうでもあるので眼福ばかりでまずは満足しておいて何よりも靴も靴下からも解放されたビーサン履きの足指の嬉しさはまさにすたすたという具合に山の道も街の道も進んでゆくのだからこればかりはたまらなく嬉しくて歩き訪ねる先々の苔の上や藤とか桐の紫色した花の散り敷く土の上やら湧き水の中やらを見つけるたびにサンダル履きは裸足歩きになれるのだからこれはいよいよ春も過ぎて初夏が来たのだなといよいよ嬉しくなって街に下りるとツバメがすいすいと舞っているのでいよいよやっぱりこれは初夏であってしかしこの初夏を「しょか」と発音するよりは「はつなつ」と云ったほうがツバメや冷えた缶のビールにはふさわしくてここでせっかく思い出したのだからと缶のビールを開けるとやっぱり嬉しいことにその金属音すらも「はつなつ」らしい…。 以上は、坂村不在庵著『新釈痛風日記』よりの引用です。この文章 を読んで、以下の問いに答えなさい。 ①意地になっているようにしか思われない極端に句読点を減らした 文章の効果はあるのか。 ②著者がビールとビーサンに固執する理由とそれぞれの銘柄を暗喩 する4文字を抜き書きなさい。 ③書かれた時代背景を鑑み、著者が前夜に本当は食べたかった酒肴 は何かを誤字脱字をまじえて6文字以内で書きなさい。 以上、返信不要なりです。      

不在庵拝。

●『熊本日日新聞連載』 次回は5月25(月)掲載予定。

死んだはずのマリ子を川の枯れた道頓堀の路地裏で見かけた淳一。 閉鎖された動物園から聞こえる謎の鎖の音と空っぽの檻から立ち上 がる無色の虹にいざなわれて物語は帝政ロシアのシベリアから近未 来の大阪へ! もう一度、淳一はマリ子に簪を渡すことが出来るのか? パチンコ屋はまだ閉まっているのか!? 好評のシリーズ番外編。 は、閉鎖中の図書館で読んで下さい。

なんと、新聞連載は二年目に突入。ありがとうございます。

2020年4月

けろけろけろかあかあかあほーほけきょけきょ。な山道はそれだけでは終われないくらいなたくさんなみなさんの声に覆われていて何なら朝の雑木林の木漏れ日や這いだしはじめた蟻のむれの行軍だとかふくらみだした枇杷の実やら顔をだしはじめた筍なんかもそれぞれにひとには聞こえはしないさまざまな音をたてているようでまるでそれらは実際に耳で聴くよりもうるさくてしかたがないくらいなのだけれどまさかに目をとじて山道を分けいるわけにもいかないのだから仕方がなしにせめても自分の足音くらいはさせないようにとやわらかな土をふんで歩きはするものの存在しているもののことごとくはなにかしらの音をさせずにはいられないように感じられてそうおもいはじめると一面の楠の落ち葉も畦の雑草も身体をあたためている石のうえのトカゲも散り椿もすべてのものにそれぞれの音があるのでそれを絵筆や音符に移し替えることもできない間抜けな自分はやっぱり間抜け以下であるようで一足ごとにとりどりの鳥たちに気取られて逃げられてしまうのだから、まあ仕方ないやと山のなかの他人さまには知られていないような獣道に腰をおろして靴をぬいで用意してきたカップ
酒をやっぱりぱかりと音をさせて舐めながらつぼみひらきちる姿をたのしませてくれるいつもの桜を眺めていると存在していることのわずらわしさもうれしさもさみしさも忘れてしまうのだから一人で眺める桜だけはなぜかしらなんの音も聞こえてはこないのはなぜかしらと考えるこれもくりかえすいつもの春。
花見をおえて山から下りて鞄をひらくときまって紛れ込んでいる花びらいちまいぶんの今年の春。

今日のみの 春を歩いて しまいけり  とか。

以下、お知らせ。

●『熊本日日新聞連載』
次回は4月27日(月)掲載予定。

桜舞う季節、突如訪れたまり子の死。いまだ癒えぬ身で、不遇の第三艦隊を待ちつつ日々、淳一が暖炉で燃やしつづけるものとは!?
もはやこれは現実なのか? シリーズ最終集にして最高傑作!
…なんてのは図書館でお読みください。

●『花の会』『花の講座』につきましては、状況がわかり次第に更新いたします。

春には春になりますように。

     坂村不在庵拝。

2020年3月

なんちゃらがかんちゃらでどうちゃららしく世の中の皆さんはあちらに行ったらああちゃらで向こうに歩けばこうちゃらと大変らしいのだけれど、そんなことは田舎町のポストやら廃校の伝言板よりかもあずかり知らない市井の片隅のなにやらセンセーは昨日の今朝も今朝の今朝もすき腹と小鳥たちのさえずりやらに春の眠りをさまされるのでしかたないので昨日の今朝や今日の今朝もすこしまえよりかは軽くなって重たくなった布団と目蓋からはなれて昨日の今朝と同じような今日の今朝もやんごとなき身で歩くいつもの山の道はいつのまにやら柔わやわしい春草におおわれているのでついうっかりと先ほどまでの冬の枯れ葉枯れ草を踏むのになれていた足どりのさくさくとした触感ではないことに気づいて歩みをゆるめる春の春。
踏むことをためらうのは枯れ葉枯れ草であろうと柔らかな春草であろうと違いはないはずなのだけれどどうなんだろうと思うこれも春。ウグイスのはつ鳴きと蕗の薹、ふくらむ野良猫のはら。

以下、お知らせ。

●なんちゃらかんちゃらウイルスで、市内茶室の閉園につき、急遽2月の「花の会」は中止となりました。以降、再開の目処がつきしだい報告いたします。

気にそわぬ 風もあろうに 柳かな。   とか。

※3月の臨時休業日。
3月5日(木)・6日(金)。

●『熊本日日新聞連載』
今月は30日(月)掲載予定です。

    不在庵さかむら拝。

2020年2月

そろそろ蛙が鳴きだすのかしら蕗の薹はあたまをもたげてきたろうか母猫の腹もふくれてきたのだろうかなんて気分にすらなる冬の終わりの寒いさかりであるはずのなにやら睦月とよぶにはあかるくてあたたかな日和がつづいたようで、それみたことかと人々はどれを見たことやらしらねどもお天道さまを病院にでも引きずってゆきたいような騒ぎようではあるにせよ沼池の鴨はのんびりと身を寄せあって浮かんだまま帰り道をいそぐわけでもなく梢の梅もゆっくりと順番をまちながら例年通りにひらきはじめるようではあるし朝にいただくビールはやっぱり冬の朝にいただくビールのおいしさではあるのだからたまにはお天道さまがびっこをひいたり忘れ物をとりにもどって駅を乗り過ごしてみたところで避暑地のひまわり畑が咲きほこるわけでもなくて見わたす山道は杉の枯れ落ちた枝で埋もれるようだし春待ちの木々の芽はまだまだ片目をしずかにひらきはじめたばかりであくびもしてはいなくてそんな眠りを揺りおこすこともできやしないのだから少しずつでもたしかに背をのばしはじめた夕暮れまでのあかるさを淋しく眺める視線は電信柱の陰のひとさらいの眼。鬼はそと。鬼はそ
と。ご用心。

以下、お知らせ。

●『緑と黒の置かれた絵』 nakaban絵画展。

なんとなく久しぶりな、画家ナカバンの油絵を中心にした個展です。おたのしみに。

2月1日(土)~29日(土)。
11:30~21:30。

※作家在廊日 1日(土)・2日(日)。
※2日(日)以外は日曜日が定休日です。

●『熊本日々新聞連載』
今月は24(月)掲載予定。

はるかシベリアの地でようやく安住を得たかに思えた淳一とマリ子。そこに長崎奉行からの密書が!  亡父の怨霊と闘う淳一とマリ子の夢に出現する謎の巨木。シベリアの大地に映しだされる血塗られた簪の意味とは…!?   待望のシリーズ第2弾!
は、書きません。

『花の会・2月』 2月29(土)・3月1(日)。

※今月の花会は中止とさせていただきます。

         不在庵拝。

2020年1月

よく冷えてよく晴れた元旦の朝はだからといって未明に鶴の一声であけるわけでもないようでいつものとおりの明け烏のくぐもった鳴き声と硝子板に米粒をこぼしたような雀のさえずりではじまるいつもの冬の早暁とかわりはないはずなのだけれども、それはそれでやはりなにやら新年を言祝いでいるように聞こえてくるのもやっぱり身勝手な人間の勝手な想像なのは知ってはいるもののあたらしく湯を張った風呂から上がって冷えたビールを堂々と飲めるありがたさは正月と冷蔵庫を発明した人間さまの有り難さであるのでここはひとつ年の始めのためしとて人間さまの有り難さにあやかってビールを飲む。

ふだんはゴミ回収車としかすれ違わない通勤途中に横切るだけの参道は産卵期を迎えた鮭が遡上してくるアラスカの河よろしく無数の善男善女が賽銭箱に小銭を投げ入れて戻ってくるための人波にはばまれるのだけれども元旦とはいえこちらにも出勤という無信心な名目がある以上は飛び石伝いに対岸へわたる痩せオオカミみたいに人波の激流を横切るのもいつものお正月は今年もおわりの始まりはじまり。

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

以下 お知らせいくつか。

●『井山三希子展』引き続き延長中。1月10日くらいまで常設展で販売しています。

『野の花・4』を発売しました。
前作は熊本地震直後に作ったものでしたが、今作はそれ以降の三年余りに撮りためてきたものを纏めました。
詳細は、→「作品集」

●雑誌『コンフォルト』
1月5日発売予定
こちらは建築専門雑誌。「茶室に花をいける」をテーマにした誌面作りです。

●『文藝春秋』巻頭随筆
1月10日発売予定
簡単な文章だけ末席に掲載予定。コンビニまたは駅のキオスクで立ち読み下さい。

●『熊本日々新聞・連載』
1月20日(月)発売。
これから書きまあす。原稿用紙買ってきまあす。

●『花の会・1月』
1月25(土)・26(日)。今年最初の今月です。みなさま暖かくしてお越し下さい。

●『ナカバン展』
2月1日~末日。2月1日、2日(作家在廊日)
画家ナカバンの二年ぶりの展示会。今回も油絵をお願いしています。お楽しみに。タイトル未定。

2日は日曜ですが、作家在廊につき臨時営業します。

    坂村不在庵拝。


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