おしらせ

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2017年6月

たとえば空がみがきあげたばかりのようにこんなにきれいにいわゆる絵にかいたような五月晴れにひかって澄んでいて、たわわな梅の実は梅の実らしくかりかりと音が聞こえてきそうに疵ひとつなく葉隠れごしに実っているのをながめていて、かがやく青空とたわわな緑陰とどちらに視点をあわせようとおもっていてもあたりの空気のきれいさ木洩れ日のまぶしさにむしろというかつい目をとじて冷蔵庫に冷やしてあるはずのビールの本数を数えていたりしてはいても、梅の実がかたく太り琵琶の実があぶくみたいに膨れだして桑の実が熟して指を赤黒くそめる時季なのだとしたらそれはそろそろ梅雨がはじまる季節でもあることを思いだして、ふと終電車の時間を気にしながらあと何本飲めるか気にしはじめた酔客のようになんとなく落ちつかずたのしめない気分にもなる5月もおわり。
さてさて。
昨年の地震被害以降、休止していました立田自然公園での「花の会」も10月あたりから再開のめどがたちました。
心配くださった本当にたくさんの方々に、思いのほかはやく再開の予定をお知らせできてひと安心。ともあれあと少し。えい おう。

不在センセー拝

2017年5月

花鋏片手にいそがしく三月四月とあっちこっちで花をいけてはしりまわっているうちに桜は青葉の新緑となって木陰をつくり樟は紅葉した落ち葉で山道や歩道をうっそりとおおい琵琶の新芽はかさぶたみたいに枯れた古葉をはがしながらのびる季節になっており、それならばそろそろ田植えがはじまる時季であろうし水をたたえた田はひろびろとかがやくばかりであるかとおもえるし雲雀がたかくあがってさえずりはじめるはずであるし土色の蛇が音をたてない活断層のように明るい畦や暗い木立をはしりまわるころなんだろうとなんとなくうっとり想像してみたりはするものの、たくさんの花をいけたというのはとどのつまりそれだけたくさんの刃物をふるったことにほかならないのでもあるのでなんとなくそんなとめどもないはばったいようなおもいに鬱陶しく気もはれきらないままに無邪気にあかるいばかりの窓外をながめながら酒をなめているうちに、あれよ世はまさに黄金週間だそう。ああそうですか。

うたよみはへたこそよけれあめつちのうごきだしては、たまるものかは
とか。

以下、お知らせ半分。
●「美の壺」再放送。昨年秋にNHK・BS放送にて放映された「木の器」特集が、5月28(日)の23時から地上波で再放送されます。痛風の足を引きずりながら花をいけていますので、お見逃しの方は是非。

不在センセー拝。
※追ッテ記ス
連休中は通常営業予定でいます。

2017年4月

上野での「花の会」を終えて、いろいろなあれこれに酔っ払ったみたいなあたまを飛行機にのせて熊本にもどると、とたんになにかの底を踏み破ってしまったような痛風を発症してウンウン唸りがら足先から放心しているうちにシガツバカも家賃の振込期日も朝ドラも終わっていて、腫れあがった足にビーサンをつっかけてようよう引きずりながら外に出てはみるものの風のつめたさ雨のさむさに桜のつぼみは片方の目をうすくひらいたままあくびも寝返りもうたない様子。植物でも春眠をむさぼることもあるのか、どこかしらが痛むのか、どうか。
春先には筍が里におりてきたイノシシの胃袋だけをみたし、蕗のとうも不作で、雪柳や母貝百合ばかりが威勢よく風に揺れては散るばかり。

ともあれ4月。夏遠からずの卯月のはじまり。ほーほけきょ。

さて、先日の拙「花の会」におきましては、短い御案内時間帯にも関わらず両日たくさんの方々にご来場頂きました。
また、同時にいろいろな方に御支援頂きました。こころより感謝申し上げます。

以下、4月のお知らせをひとつ。

●『花の出稽古・福岡』
4月22(土)・23(日)。福岡市薬院のギャラリー「望雲」にて。

坂村不在庵拝。

 

 

2017年3月

損壊した家屋は壊れたままに、崩落した山肌は春の芽吹きもしないままに、乾いた厭な夢で夜半に汗をかいて目ざめたり、それでもぐるぐるまわる地上の夜明けはいつともなしにはやくなり日暮れがゆるゆるとのびして、部屋の隅から節分にまいた豆がいまさらみつかる、春は名のみの風のさむさの如月晦日。

水にさしたままにしていた雪柳が古い葉を落としながらやわらかくてあかるい新芽をふくらませ、庭の貝母ユリが蜃気楼のようにたちあがりゆらぎ、竹薮の筍が食料をさがして里までおりてきた猪に食べつくされたおかげで冷蔵庫に若布ばかりが残る春はあけぼの。それと、不思議と今年は不作のふきのとう。

早咲きの桜がまじめ顔に一列にならんで花をひらきはじめ、日陰の梅がヒヨドリの飛びたつたびに雪のように満開の花びらをはらはらちらす卯月朔日。のこるは鶯。

目に春はあり身に春はまだ添わず
とか。

以下 お知らせ二つ。

●『花の会・東京』
ひさしぶりの東京での「花の会」になります。
各日の開催時間帯内の茶室入出場は自由です。
※詳細は別記

●『花の出稽古・福岡』
4月22(土)・23(日)。福岡市薬院のギャラリー「望雲」にて。

東や西でお待ちしています。

不在。

2017年2月

おにはそと ふくはうち。
深夜に、冷たく煮こごったセメントを舐めて夜明けまでの空腹をみたしたつもりで朝をまつような昏い暗い1月のおわり。
冷たい深夜の泥中にひそむ田螺みたいに首と心をすくめて春の水がうごきぬくむのを待つだけの硬いかたまりになって、うごかない水のながれにうごかない触角のうごきはじめる冬のおわり、春のはじまり睦月朔日。

ビル・エバンスのピアノは冬と春のあいだのとくに冬の扉をふかく時にしずかにたたいてゆくので、雪にとざされた山小屋の深夜のノックの音にもきこえるし心のなかの暖炉の薪がはぜるようにも聴かれるので春を心待ちしている自身には聴かないではいられないところもありながら、冬が身に付いた耳はいつでもたじたじとさせられるところが、ある。

とは言っても、山を歩けば春まじか。
つめたい朝の空気のなかにも踏む土のやわらかさ、木の芽のやわらかさ、苔むす朽ち木にさす日差しのやわらかさ、土にかえる落椿のやわらかさ。
横たわりながら朽ちるばかりの水仙に逝く冬を惜しむ昨日今日。惜春ならぬ惜冬。ビル・エバンスの曲ならPeace Piece 。

脈絡のない文章で失礼いたしました。おにはそとふくはうち。

以下、3月の「花の会」のお知らせ。

不在拝
●『花の会・東京』 来春3月18(土)・19(日)の2日間、上野東京国立博物館庭園内の茶室群にて、「花の会」を主催します。
詳細は決まり次第、HPにて。

 

2017年1月

あけましておめでとうございます。

…なんて、もちろん年末にこれを書いているのでなんの実感もありません。
渦をまいて流れて吸い込まれてはまた満たされてゆくトイレの水を眺めては浮世の明け暮れと自身のゆくすえを思う、今年はあたたかな歳の末。
店のこまかな掃除をして指にケガをするのも、牛乳の消費期限を気にして仕入れをするのも、花鋏を手入れしながらゆく年を想うのも、蕎麦を食べるには塩とわさびか大根をおろすのかと悩んでみたり、柚の香は年をまたぐとにわかになにかを喚起させるちからを失わせるのはどうしてだろうと考えてみたりなんなりの餅つきあとでやわらかく痛む右腕とすごす、いろいろあった一年間のおわり。
本当にたくさんの方々にご心配とご助力を頂きました。神さまサンキュー。ご先祖さん毎度どうも。みなさまありがとうございました。

なんて。ここまで書いて、あらためて、みなさま あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

坂村不在庵拝。

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