おしらせ

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2021年4月

はらはらはらはらの桜の花びらにどきどきもわくわくもなくしずかにしずかにながめやるこころにうかぶうたかたはむすびもひらきもしないままに見えないかたちでなんとなくとっちらかってはいるようだけれどだからといって埃をかぶっているようでもないみたいに眺められていつでものめるからいつかのもうとしたままの冷蔵庫のなかの頂戴ものの酒だとかそのうちにとおもいながらそのうちにがいつまでもやってこないカバーをしたままのてもとの本だとか伝えそびれたままだけれどつぎにあったときでいいやが続いている話みたいであるようだけれどどうやらすこしそれらとはすこしちようすがちがっているようで去年今年にまいちる桜のはなびらツバメの巣こころにうかぶうたかたはかつきえかつむすびてしかももとの水にあらずんば年々去来の花を忘るるべからずなんであればさて今夜は、今年の今夜の初鰹を辛子醤油でたべたい。

今日のみの 春をあるいて しまいけり。とか。

以下お知らせ。

●『熊本日日新聞連載・4月』
次回は26日(月)掲載予定です。

●『古本タケシマ文庫展』
好評につき店内一部常設になりました。

            不在拝。

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2021年3月

ひゃあひゃあひゃあとつもるつもりもないような粉雪が舞ってやっぱりつもらなかった翌朝にはあたたかな陽差しがうららかに照っていて朝ぼらけに遠くから聞こえてくる始発の路面電車の音がちんちんごうごうと枕元にとどいて軒の雀や屋根の雀がじゅくじゅくじゅくと鳴くのでもう春ですなとびっこをひきながら外に出るとぴゃあぴゃあと冷たい風がにわかに吹きはじめて空はかきくもり黄色い砂とか砂色の灰とか目には見えないご近所からのなんちゃらとかで街もかきくもり鼻水はでても声がでなくて足が痛いものだから山も歩けなくていらいらもんもんとばかりしているということは当たりまえにお酒ばかりをいただいて世の無聊とこの季節らしい空の乱調をなぐさめるものの乱調も調とは言ったものだと足の痛みもそのままにびっこをひいて自転車に乗って山にはあがれないのだから野にでるとあれよと嵐はやんでいて今年は木の花も草の花もなにもかもが近年ではまれにみるゆたかさなのでおだやかな斜面に寝ころげてなぜだかそこだけは不思議とほこりをかぶらないでいるモクレンの咲き初めを見あげながめるうらうらとてれる春日にまだ雲雀はあがらない春昼午刻。

●『タケシマ文庫古書展』
3月4日(木)~。
熊本市内の古書店タケシマ文庫さんに出店いただいて、いつもの骨董屋のナリをひそめて店内古本屋になります。はたきと鼻眼鏡でお待ちしています。

●『熊本日日新聞連載』
今月はたぶん29日(月)です。

          不在拝。

2021年2月

くらいくらい節分前の逢魔が時の空はたてきらない夕方の晩飯前の風呂みたいにあたたかい流れとつめたい固まったのとがない交ぜになって いて用心してはいるもののやっぱり腹だたしいただのたてきらないぬるま湯でたてきらないことに腹をたてたところでおさまらない腹をへこませていただく晩飯前のぬるま湯はやっぱり腹だたしい。
足が痛いのは馴れてはいても痛いものは痛いものでしかもそれがご丁寧に御両家両おみあし揃ってとなると挨拶にこまるどころかあわてて角の酒屋に無心にはしるとか料理屋さんに仕出しをたのむとかいって席をはずせないものだしだからといってこちらも威厳をていしてやあやあ御足労戴いてあいすみませぬの挨拶も痛くてままならないのだからここはいっそ居留守をつかって痛みで洩れる青色吐息でろうそくの灯を吹き消して間抜けな組み立てロボットよろしくよろよろふらふらとあちらにぶつかりこちらを倒したりしているとこんな時間まで店にいるとはなにごとかと国防婦人会やら憲兵だとかに叱られるのだろうだけれどもこちら様にとっての喫緊の有事はきってもきれない両足の痛風の激痛にあるのだからなにはさておき痛いものは痛い。痛さのなんたるやを語るとは隔靴掻痒に似て非なるものでこちとら靴すら履けないのだから設問のたてからから間違っていも比喩や暗喩なんておやさしいもので表現はできないのなんだから痛いものは痛いとしか書きようをしらないのも言語表現の限界をこれまさにおのずと知らしめるものでもあればこその痛さのこれも表現の困難をしめす功徳でもあるのかし。そもそも痛みについてかたるのは一時の気の迷いとしての恋の瞬間や向こう見ずの青春期の煩悶の渦中にあるものだけが語れるものでありつつも結局はなんだか結論もでないたぐいのぐたぐたであるようなんだから比較は証拠にはなりえなくて痛いものは痛いとしか書きようもなし。

やあ 痛いわね。

●『熊本日々新聞連載・2月』
今月は22日(月)掲載予定です。

鬼はそと 鬼はそと。今年もよろしくお願いいたします。

     坂村不在庵拝。

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2021年1月

つめたくてかたい冬の暁闇にかぁかぁと明けカラスが朝をつげてじゅくじゅくじゅくと雀が鳴きながら瓦屋根からはいだしてきてじゅくじゅくじゅくがちゅんちゅんちゅんに変わる頃に空があらかた明るんでくるので眠ってばかりもいられなくなって鳥とはちがう人間は寝ておきたそのままの姿では1日をむかえることのできないもどかしさに布団からぬきあしさしあしはいだしてあれを脱いでこれを着てしているうちにヒヨドリムクドリがそろばんを奏でるようなにぎやかさで庭先をゆきすぎてそうした頃には朝焼けが朝日になっているものだから出遅れた気分になるのでいつも通りのいつもの時間に床をあげるのだけれど森ではない町中がやけに森閑としているのはなんだろうと考えて、本日は元旦なり。
年の始めのためしとて年末についた餅を晦日に買ったビールで早朝からいただくのは期限内に支払いをきちりとすませたような誇らしさというか何やら晴れがましい気分になるものでそんなことはなんにも自慢にはならないのは皆さまご承知のとおりでしょうが元旦の朝の焼きたての餅をお醤油につけたときのパリパリとした音とビールのプシュしゅわしゅわの晴れやかさこそはおわりなき世のめでたさよ。

以下、お知らせ。

●『熊本日日新聞連載』
あれれ。いつだったかしらん。たぶん月末の月曜日です。
カレンダーもスケジュール帳もスマホも無いのですみません。でも書きまあす。まずは原稿用紙買ってきまあす。

●『かとうゆめこ展・声』
~1月11日(月)。
会期中はたぶん休まず営業しまあす。それくらいよい絵なのです。

というわけで、今年もあちらやこちらでたくさんの方々にお会いできますよう に。

  不在庵通信正月号。


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